GAKUMON

人生の漆塗り日記

失蝶記 山本周五郎

 ある知人が標語か何かで「バリアフリー 建物だけでなく 気持ちから」みたいなことを書いた。これを読んで、あ〜なるほどと感心してしまった。その友人は難聴。
 ある時、外国の人と話していたら安アパートに住んでいるのか、近所との諍いが絶えないと言う。諍いと言うと間違いか、その外国人は日本語をしゃべれないので。だから、いつも問題があると日本人に日本語で文句を書いてもらって貼り付けると言う。たまらない時は、英語で一方的に文句を言いにいくらしいが。。。
 世の中には悪い奴がいるもんだ。本当は助けなければいけない人を助けるどころか、自分の欲望のために利用としてしまう奴がいるんだから。本当に情けない。早速、儒教の影響を受けて引用するわけではないが、知識は使わないと腐るだけなので、論語から一つ。なお古語は適当に現代語もしくは平仮名にする。「粗食を喰らい、水を飲み、肱を曲げてこれを枕とす。楽しみに亦た其の中に在り。不義に富且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し」
 ここで大事なのは後半部分。ようは人を売ったり、なんらかの障害を抱えている人を使って自分の夢、希望、目標のため働いて得た富で喜んでいる輩は、浮雲のようだと。浮雲、落ち着かない・はかない・すぐ消滅してしまうだろうってことさ。
 基本的にどの作品を通しても山本周五郎が言いたいことは同じようだ。その作品それぞれの展開の面白さも当然あるが。論語では孔子は直接的な言葉で教えを説いている。しかし山本周五郎は、物語を通して、登場人物の心を巧みに描き、また読者を引きこむことで情・禮・仁などを語っていると思う。この二人、何か通じるところがあると思う。けど、やっぱ自分で考える、読む楽しさからは山本周五郎作品に軍配は上がりますな。